***

更衣室に消えた柚花がすぐに戻ってきた。
チラリと見たのはプールに設置されている大きな壁時計。
ゲームはこれから1時間と私に告げている。

ここからはあくまで他人同士。
飲み物を買う柚花のあとを追い予定通り柚花の真後ろ……背中を向き合わせてベンチに座る。
あとは柚花がナンパされるのを待つだけ。
ベンチにひとり佇む女性に声を掛ける者が現れるのか?
それともただ座っているだけで時間だけが過ぎ去ってしまうのか?

「隣、空いてますか?」

(早っ!)

つい驚きが声に出てしまいそうだった。
まさに座ってすぐ。
私が想いにふける時間も無いほどの早さで柚花が声を掛けられる。

「え、えぇ」

「それじゃ座っちゃおうかな。ところでお姉さんは一人なの?」

「ううん、友達と来てるんだけど今は一人になっただけ」

「そうなんだ。それなら俺と同じだ。
いやね、彼女連れの友達についてきたんだけどさ、予想通り二人の世界に入っちゃって。
結局は俺だけ除け者扱いなんだよね」

「うふふ。それなら私も似たような感じかな」

「おっ! それじゃさ、似た者同士遊ぼうよ。
せっかくナイトプールに来たんだし」

さりげなく後ろへ視線を向けると柚花の隣にいたのは同じ位の年齢の男。
見た目はそれほどチャラくはないが、会話を聞く限りだいぶ女性の扱いに慣れているように感じてしまう。

「えぇ、でも遊びでナンパさせるのもなぁ」

「いやいや、お姉さん凄く可愛いからさ。俺本気になっちゃうよ」

「でも、プールでどさくさに紛れてエッチな事とかしてこない?」

「そんなことする訳ないでしょ」

「本当かな~」

「本当だって」

「じゃぁ、変なところを手で触ったらそこでおしまいね」

「大丈夫だって。手はいつも後ろに組んでおくから」

「ウフフ♪ それならいいかな……」

どうやら話はついたらしい。
柚花はこの後、この男と遊ぶことになる。
でも本当にこのままにして大丈夫なのだろうか?
いくら社会経験を積んだとしても柚花が知る男性は私だけ。
恋愛経験だって同じようなもの。
一方の男はだいぶ手慣れているように見える。
ほんの少しも気を許してしまえば、すぐさま心の隙に入って来そうであり、その自信も伺わせている。

まさかこのナイトプールで柚花が墜ちてしまうことは無いと思うが、何せ柚花の秘部にはおもちゃが入っている。
だから身体を触られないよう警告をしたのだろうが、相手は女慣れしたナンパ男。
言葉巧みに柚花の心と身体をほぐし、触れた先におもちゃを見付けてしまえば被る仮面を脱ぎ捨てて、欲望剥き出しで柚花へ襲い掛かるのは間違いない。
果たしてその時、弱味を握られてしまった柚花は抵抗出来るのだろうか?
そして私は柚花を守るために男の前に出ていくことが出来るのだろうか?



*****

「次はそこの交差点を右ね」

柚花がナンパされてから時が経ち、今は次の目的地に向けて車の中。
私は最後の目的地である混浴露天温泉に向かいながらナンパされた時の話を柚花から直接聞いていた。


声を掛けられ柚花が合意してすぐに2人はベンチを離れ流れるプールへとやって来た。
私と柚花にとっては本日二度目の流れるプールだったが、知り合ったばかりの2人が距離を詰めるには流れに身を任せるのがちょうど良いらしい。

当然私は2人から距離を置き柚花を見守る。
声こそ聞こえないが、柚花の表情はハッキリと確認出来ているため何かあればすぐに助けに迎える距離だった。

着いてすぐに男の方が浮かんでいる浮き輪の1つを選び柚花に声を掛けていた。
「え~」と戸惑いを見せる柚花ではあったが、浮かべる笑顔から拒絶の意思は伺えない。

男に悟られないようチラッと私に視線を向ける柚花。
その瞳には「このくらい大丈夫だよね?」と確認の意志が込められていた。
だが私にとっては全然「大丈夫」では無い。
何故なら男が選んだのは大きなハート型の浮き輪。
どう見てもあれはカップル用。
ハート型の輪は2人がちょうど入れるくらいの大きさになっている。

あの浮き輪に柚花と男がスッポリと仲良く入りプールの流れに身を任せる。
盛り上がる会話に笑顔を見せる柚花。
ナンパという事実は薄れ、純粋に男女のコミュニケーションが深まってしまう。

……そんな妄想が簡単に現実となってしまう。
私の意思を確認すること無く柚花は男と浮き輪の中に収まってしまった。
一応柚花はトップスのフリルが捲れないよう男に背を向け浮き輪に胸を押し付けている。
男の方はそんな柚花を包むように背後から柚花に身を寄せていた。

後ろから話しかけられ肩を竦めながら笑顔で答える柚花。
どうやら男が背後から耳元で話しかけるため「くすぐったくてね」ということらしかった。

始めこそ柚花の警戒を解こうと柚花を笑わせる事に注力していた男だったが、ある程度柚花の緊張が解れたと見ると楽しさから空気を一変させ甘くイチャつく様な雰囲気を作り始める。

「そうなの。あの人、結構女の子の扱いに慣れてるみたいでさ。
ちょっとドキドキする様な事とか言ってくるんだよ」

そして変わったのは2人を包む空気だけではなかった。
柚花の警戒が弱まるにつれ2人の距離も縮まっていく。
始めは狭い浮き輪の中でも人ひとり分位は2人の間に隙間があった。
しかし話が深まる度に男の体が柚花へと近付いていく。

そして浮き輪の中の空間が甘い空気で満たされる頃には…………
触れ合う2人の素肌が増していき、終いには背を向ける柚花に男の体が密着していた。

「最初はね、身体に触るのはルール違反だよって言ったんだよ。
でも「約束は変なところを手で触らないだったよ」って言われて何も言い返せなくなっちゃったの」

その言葉通り、男の様子見が終わると消えた遠慮の分だけ密着の度合いが増していった。
そしてほぼ後ろから抱き付く様に密着した時、男の手が柚花の手のひらに重なり昂る気持ちを表すかのように2人の指が絡み合う。

「私もね、手で触ったって言ったんだよ!
でも彼に「手のひらは変なところなの?」って言われたらさ。
確かに変なところではないし。
それに彼ったら始めの頃は、はしゃいでたくせに手を繋いだらさ。
低い声で囁くんだよ。しかも耳元で。
それは……私はハルくんのものだけど……耳に息をかけられながらそんな声を聞いたら女の子はドキドキしちゃうでしょ?」

いつの間にかナンパした男の呼び名が“あの人”から“彼”に変わっていた。
そんな些細な事に柚花は気が付いていないようだが私の精神は思いのほか抉られてしまう。


その後、柚花は5つの壁の話をし出した。
自分の心には5つの壁があるんだと。

「一番外側はね……」

全く知らない他人に対する壁らしい。
そしてその1つ内側は知り合いに対する壁。
職場とかサークルのメンバーはこの辺にあたるとか。
内側に行けば行くほど柚花の心に近付けるが、知り合い程度ではまだまだ遠い。

「その次が友達かな。そして4番目が親友。
ここまで来ると壁の中に入れる人はかなり少ないな。
あっ! でも友達が少ない訳じゃ無いよ」

そして最後は家族だった。
いくら肉親であっても最後の1枚は残るらしい。
まぁ、私もその気持ちは理解できるが。

「えっ? ハルくん?
それはもちろん全部の壁を顔パスで通れるよ。
ハルくんには私のすべてを見せてるつもりだから」

何で柚花はそんな話を突然し出したのか?
それにはキチンとした理由があった。

「それでなんだけどね…………
私は絶対にそんな事しないし肯定もしない。
それは悪いことだとはハッキリと言うけど、それでも…………浮気をする人の気持ちがちょっとだけわかっちゃったかも。
もちろん私は絶対にハルくんを裏切るような事はしないよ。
それでもね…………」

これ迄の痴漢も試着室も、私と柚花の間では浮気には入らない。
それは私と柚花のお互いが拒否権を持ちながらも合意の上で止めることをしなかったから。

それは今回のナンパについても状況は同じ。
私の精神が持たなければその時点で止めさせるし、柚花がギブアップすれば私は迷わず止めに入る。

でも柚花にとってはこれ迄と明確に違うところがあった。
それが何かというとナンパしてきた彼にドキドキしてしまった事らしい。
これ迄もイジワルとかスリルを楽しむ中でドキドキは沢山あった。
でもそれは性的な興奮。
羞恥が生み出すドキドキに私も柚花も囚われていた。

では彼の場合は?
柚花の話では「知らないうちに壁に裏口を作っちゃうの」ということだった。
「気が付いたら次々と壁の中に入って来ちゃって。
でもそれがホントに自然だから、私の警戒心も働かないし気が付いたら近くにいてドキッとしちゃうの」

それが彼の狙いでありスキルなのだろう。
知らないうちに警戒心を解き心の中に入り込む。
そして内側から甘い空間を作り出し最後は標的の女性を落とす。

「だからいつの間にか心がポヤポヤしちゃってね。
浮き輪の中で手を繋いで後ろから密着されたでしょ?
ホントはあの時ね…………彼のが当たってたの。
もちろん当たってるって言ったよ!
でもね……「手じゃないから」って。
そしたら何だか可愛く思えちゃってさ。
彼のがお尻に当たるのを許しちゃった♪」

ペロッと舌を出しておどける柚花。
誤魔化すような笑みの中に思い出してしまったトキメキの色が残っている。

では、そんな柚花を私は許せないかというと……それは無かった。
確かに離れた私から水中の事は見えないし、まして柚花の心の移り変わりなどわかるはずもない。
でもこれでも私は柚花の婚約者。
柚花の表情を見れば大体の事は理解できる──つもりでいる。

そしてあの時の柚花の表情は…………
一言で言えば「蕩けていた」。

「だって……許しちゃった彼のアレがだんだん大きくなってね。
ハッキリと形がわかるくらい固くなってお尻の間に押し付けてくるんだもん」

耳元で甘い言葉を掛けられながら雄の存在を身体に受ける。
プールの流れに身を任せていたために忘れていた膣の中のおもちゃを思い出し、その存在感が男のものと重なってしまう。

互いに手を繋ぎ淫靡に絡め合う指。
男の息でうなじを優しく撫でられ、お尻に感じる固い雄を欲し膣の中のおもちゃを締め付ける。

「でもでも逝かなかったんだよ。
ふわぁってしちゃったけど我慢したんだよ」

「どう? 偉いでしょ」と自慢気に胸を張る柚花。
そんな事は許されるべきでは無いのだが、小悪魔にかかればそれもスパイスの1つになってしまう。


「だからなの……かな?」

柚花の一言を期に話はウオータースライダーへと移っていく。

「ホントは私も断わるつもりだったんだけどね」

確かに柚花の言う通り。
男に手を引かれ柚花がウオータースライダーへ向かった時には私も止めるべきかと思ったほど。

それはイチャつく2人が問題ではなかった。
それよりも私が気にしたのは柚花の水着──トップスの方。
浅いカップも心配ではあったがそこはアンダーのワイヤーが思いの外しっかりとした作りになっていたためポロッとなることは無いと思われた。
それよりも問題はフリルの方。
事前に確認した通りフリルが捲れれば柚花の胸を隠すのは白い生地1枚だけ。
しかもその生地は水気を含むと透けてしまう。
もし何かの拍子にフリルの下を見られてしまったら男の目に写るのは柚花の胸そのもの。
裸と同じように薄桃色の輪も、この先で固く息づくふたつの蕾も見えてしまう。

それでも柚花は断わること無く男の後をついていった。
階段を登った先に見えるスタート地点。
多くのカップルが順番待ちの列に並んでいる。
その中に混じる柚花と男は他のカップルと遜色無い雰囲気で2人の世界を作り上げている。

指差す男性の腕を叩くも、すぐさまその腕を抱き締めるように身体を絡める柚花。
あの腕に柚花の胸の感触が……と思いつつも私の意識はウオータースライダーのスタート地点へと向いていた。

男が指を差した先。
柚花が男の腕を叩いた理由。
列の先頭のカップルがウオータースライダーのスタート地点に腰を下ろす。
女性が前で男性が後ろ。
座った女性を抱き締めるように男性が後ろに腰を下ろす。
そのまま2人が体を後ろに倒すと…………
これがここの流行りなのだろうか。
男性の手が女性の胸を包むように添えられた。

剥き出しの欲望が非現実的な遊びを助長する。
普通であれば恥ずかしがるはずの行為が、この場のノリで次もその次のカップルも男性が女性の胸に手を当てて滑っていった。

その光景を見て柚花は彼の腕を叩いていた。
「冗談は止めてよ」と。
もしも滑る相手が私なら柚花もその場のノリに流されていたかもしれない。
しかし相手は知り合ったばかりのナンパの男。
しかも柚花の水着はカップが無いためフリル越しとはいえ、手のひらで包み込めば生々しいほどの柔らかさと真ん中の突起の固さが伝わってしまうはず。
柚花の反応を見て男も無理には粘らなかった。
当初の約束を守り柚花の機嫌を損ねないために。

(それがさっきの柚花の言葉に繋がるのか……)

先ほど柚花は小さく言葉を溢していた。
「だからなのかな?」と。

この時点で男は何番目の壁まで柚花の心に侵入していたのだろう。
巧みな話術と作り上げた雰囲気で、たぶん親友の壁まで潜り込んでいたのかもしれない。
そうであっても柚花の心まではまだまだ距離があり、柚花の心を奪われることはあり得ない。


でも…………


心を奪われなくてもそんな近くまで柚花の深層に潜り込めばそこに“情”が芽生えてしまう。
柚花が警戒心を解いた先、男は欲望をチラつかせながらも律儀に約束は守っていた。
たとえそれが男の計算だとしても。

「何だかちょっとだけ可愛いっ言うのか可哀想って言うのか。
とにかく心がキュゥンッ♪てなっちゃってね。
私だってわかってるよ。それが彼の作戦だって。
でもあの時は、彼の罠だと知りながらもドキドキしてみてもいいかなって思っちゃったの」

車の中でそんな心情を告白してくれた柚花はあの時──順番の回ってきたウオータースライダーのスタート地点で…………

私はその光景を下から見上げていた。


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